メリーさんが今日の12時頃、おばあちゃん家の玄関で天国へと。土曜日にクッキーを持っていって、メリーさんに、「お見舞い持ってきたよ。食べれそう?」と、クッキーを見せると、首をあげて尻尾を振ってくれたので、袋を開けて手にのせると、勢いよく食べてくれた。七年付き合って初めて僕からのものを食べてくれた。この春は大丈夫かもしれないと思っての今日。おばあちゃんを送った時にお嫁さんから聞いて、玄関先で横たわるメリーさんに手をあわせ、束の間の時間、メリーさんの思い出話をしながらお嫁さんと涙を流す。犬とはいえ、情が沸いた生きるものとの別れは辛い。
2013年3月18日月曜日
2013年3月16日土曜日
法然寺
我が故郷、仏生山の法然寺へ。時候もよく、みんなの心も身体もよく。ほんまは昨日が御涅槃で、お釈迦様がいらっしゃる御堂の扉が開くのですが、今日は閉まっていました。残念。ずっと中に居ると、良からぬ眼でみて、良からぬことを言ったりしたりするのも人で、でも今日はいい顔で良いことしか言ってないおじいさま。いつもこうだと奥さんも助かるだろうにと思いながら、五重の塔を眺めて物思いにふけるおじいさまを後ろから眺めて物思いにふけるのであります。俺もおじいさまも、心が洗われたかなぁ。
viva煩悩108。
夕映えの会20周年
平成25年4月27日(土)13:00~
アルファあなぶきホールにて
映画の上映会と講演があります。
主催・夕映えの会
香川県高松市藤塚町18-33
087-861-5931 藤田さんまで
映画は、YouTubeで動画配信されている「毎日がアルツハイマー」です。
ひろこさんとわたしのドキュメンタリー。通称「毎アル」
公式ホームページhttp://www.maiaru.com
藤田さん、20周年おめでとうございます。これからも、みんなの心の拠り所と居場所作りを、無理せず頑張って下さい。
2013年3月14日木曜日
2013年3月5日火曜日
ふらさんの料理店
休みだったので、会いたい人の店に飯を食いに行った。ここ何年か全く外に出る気になれず、ランチなぞ食べに行こうとしている自分に、変な感じになりながら店へ。マスターまーくんとは長い付き合いで、いつもは夜しか行ったことがなかったけど、ゆっくり話したいのもあり、昼に。久々に色々話した。他愛もないAVの話しとか、飯の話しとか。あと、お互いの近況と心情を話していて、生きづらいこと、どうにもならないこと、生き方や生き様について、こんな春の陽気の日に、居酒屋で話しているような感じで、時間を忘れて話していた。マスターまーは、以前から感覚が自分と感覚が似ているなーと、何気に感じていた。普段お互いアホなやり取りをしているけど、笑いがないときつい事もわかっている。それは、まーくんなり、僕なりのその人への気配りでもある。周りの求めるものと、今の自分の心情。難しい。でも、そんな話しを、時間を忘れて話せる事は、幸せなんだと思った。まーくん・ふみさん、いつもありがとう。僕にとっては暖かい。まーくんにも生きてて良かったと、思って欲しい。みんな、それぞれに色々あるさ。こんど、山崎を一緒に呑もう。約束。ちなみに、マスターまーは、マスターヨーダみたいに聞こえるが、感じ的にはジャバ・ザ・ハットだと、個人的に思っている。
2013年3月2日土曜日
梅とメリーさん
御歳百歳の人の家の垂れ梅が今年も綺麗に咲き誇っております。梅もその人も、樹齢・年齢共にかなりの年月を重ねておられますが、こちらのお宅にはもうひとつ、長い年月がかかっているものが。今年十四歳を迎える、ゴールデンレトリーバーのメリーさん(♀)。しかしこの冬は本当に元気がない。いつも小屋から出てきて、おばあちゃんがお出掛けしようが、帰ってこようが、私の相手をしなさいバリに、ワンワンと。撫でる腕にメリーさんは上から手を乗せるのが癖。あと、くわえたみかんをわざわざ見せにくるけど、絶対誰にも渡さないのも癖。めちゃくちゃ可愛い。そんなメリーさん、3年程前に一度行方不明になった。ワイルドな野良♂にほだされて愛の逃避行をした。二週間程して、山の上のお墓にワイルドといる所を見つかってしまい、夢のようなひとときは幕を閉じた。そんな情熱家メリーさんも、その時に妊娠の検査をした折に、良くない物も見つかってしまった。まだ初期だったので、手術で事なきを得たが、去年の夏に耳だれが止まらなくなり、検査の結果、耳の奥に転移していた。これも、レーザーで焼いて事なきを得たが、なにぶん歳が歳なだけに、おまけにこの冬の寒さですっかり元気がない。その人の送り迎えの楽しみが、急ぎ場やに車に向かうまでの、私の相手しなさいよ的な態度でにじり寄って来るとき。暖かくなればまた、寄って来てくれるだろうか。梅も今年も咲いた。メリーさんもまた、元気に咲いて欲しいけど…。
2013年2月28日木曜日
医者の権威
今日、退院する人の担当者会へ。その人は海から近く、木造で冬はすきま風がきつい、薪をくべて吾衛門風呂を沸かして入っている家。無論、今まで住んできた場所であり、寝たきりの旦那さんが、8年前の台風の浸水で、畳が浮いて、二人して助けを待ったり、親戚一同集まって、毎年餅つきをしてきたり、色んなものが詰まった家に住んでいる。トラコーマでほとんど見えず、耳も補聴器をつけてなんとか。それでも生活してこれたのは、その人の人柄による周りの支えと、なにより何十年も積み重ねた生活の慣れが成せる事だと僕はみている。去年の年末に手首を骨折した時は、出来る限りで支えた。ただ、心臓が弱く、月に一回の受診で、いくらその人は元気だとしても、検査の数値でひっかかり、入退院を繰り返してきた。今回もそう。でも、今回の入院で担当の医者がケアマネさんに、在宅は無理だ。独りで生活出来るレベルではないと言い切った。挙げ句、意見書は書かず、今まで支えてきた訪問看護が打ちきりになった。それも、担当者会が終わったあと、病院の看護師がケアマネさんに言ったらしい。その連絡を聞いてすぐ、その人の家に走った。これからの事について。ある程度の道は話せた。ただ、頭の片隅に気になっていた事を聞いた。家に居りたいということと、主治医の事について。その人は主治医の名前を知らなかった。その人にとって、名前も覚えていないような人が、一月に何時間も待たせて、たったなん十分の診察と、検査のデータだけで、在宅レベルではないと言い切った。未だこんなアホな医者がいるのかと。その人の何を知って言っている?久々にクソだなという感情が。ケアマネさんと話して、もういい、うちらで、出来る限りの支えをしようということになった。力有るものは、つかい方をしっかり考える事をしないと、人不幸もんになりかねない。自分の居場所を、他人から奪われなければ、気付かないのか?今までの付き合いによる、独りよがった見方かもしれない。だけどいつも、簡単に人に言い切れる事に、不確かな感覚がつきまとう。