2013年11月5日火曜日

石鎚山

生と死を、生きていることのありがたさを感じさせてくれた、山。登山、下山の一連の流れに自問自答や無の感覚を繰り返す。進めば進むほど、変わっていく景色が、感動を与えてくれる。天狗岳、ほんまに死ぬかと思った。自然の中に、人は無力。生きてて良かった。
山頂でのお手製アルコールストーブでお湯を沸かして作ったカップラーメンが、冷えた身体に染み渡る。

2013年7月5日金曜日

竹垣

完成。味気のなかった玄関。もともと、畑の茄子と胡瓜の支柱にと、おばあさんが竹を持ってきたが、すっかり忘れていて、怒られたので、生かすべく、朝顔に竹垣をみんなで作っていたら、玄関もということになり、一月余りかかって完成。DIY。向かいのトタンもはがして、溜まり場も完成。中で煮詰まる人、時間、関係、出来事、空気、言葉…。逃げ場所完成。

2013年4月30日火曜日

希望としての介護

三好春樹「介護基礎講座」無事に終わりました。こういった話しが聴けるのは、ほんと、有難い。でも、気が抜けて、帰って爆睡…。徳島の金岡さん、お疲れ様でした。また、ゆっくり話しましょう。大阪の家治さん、夜中2時までのからみ酒、すいませんでした…。頑張ってくれた職員のみんな、有り難うございました。ハッピーおがわの皆さん、細やかな気配りと支え、有り難うございました。雲母書房の松村さん、奥さん、いつかカラオケで一緒にレッチリ歌いましょう。三好さん、3日間お疲れ様でした。ゆっくり休んで下さい。最後、加藤さんの挨拶で、よりあいのこの10年を振り返りながら、春香さんが出てきて、泣きそうになりました。やっぱ忘れることはできません。参加して頂いた皆さん、有り難うございました。笑えないことが多いなか、それでも笑える希望が。社会性がなくても、生きていけるさ。今日からまた、頑張ろ。…気がつけば、月末だ。

2013年4月15日月曜日

意識

今日、よりあいに通っている女性を取材するために、NHKの人がカメラを持ってこられた。どう撮るかの相談があって、女性や他の方の邪魔にならないようにしてもらって、いつもどうりでよければ、むしろ、特別なことは出来ないことを話して、カメラがまわりだした。カメラマンさんは、こなれていらっしゃるようで、ある程度の距離感を保っていた。その事に関してはいいのだ。何より、その女性が今日に限って近年まれに見る穏やかさ。しかも、朝から夕方の帰るときまで。俺もカメラマンさんも、いささか肩透かしをくらった。俺も荒れると思ってたし、カメラさんも絵的に欲しかったそう。このところ、こんなあの人と居られた事はない。いつもは怒っているけど、今日はハニカミながら「いつもすいませんね。」と頭を下げられたり、いつもは「ガチャガチャしないで下さい!」と怒られていたギターで、サンタルチアまで歌ってくれた。どーいうことだ…。地震がきたからか、時候が穏やかだったからか…。まぁ、何にせよ、穏やかなのにこしたことはないと、余計な事を考えないようにして、いつも以上に話せて一緒に居られた。沢山笑ってくれた。が、笑って話す時はいつも眼を見ているけど、今日は時々目がそれる。それた視線の先を追うと、そこにはNHKのカメラが。邪魔しないでって言ったのにと思いながら、ふと、その女性がカメラを意識していることに気付く。多分、今日は偶々で、それだけが絶好調の要因ではないことはわかっているけど、時々はカメラを向けてもいいのかな~と思った。…多分向けないけど。平和だ。

2013年4月8日月曜日

平和

最近、屋島のおっさんが「あまちゃん」の、「じぇ!」にハマっている。何かにつけて「じぇ!」と。
朝の迎えの車内で、歩いている女性を見つけると「おいあれ見ぃ!じぇ!」
と。で、通りすがりざまに顔を見て「今のはじぇ!じぇ!」と…。もう、海女さんが驚いた時に言う意味合い自体がどっかにいってしまっている。一応、おっさんは、交通事故による、外傷性の発作を持っているが、発作が起きると一切の思考と動作が停止して、「りょ、りょりょ!」と言って痙攣がくるので、発作がきたみたいに聞こえるからやめておくれと、一応突っ込んでおいた。片道4~50分かかる道中で、いつも北朝鮮やアベノミクスの危うさについて、散々議論をかわしていたにもかかわらず。更に、乗り合わせのおばちゃんがいるマンションに着いて、インターホンを鳴らして後ろを振りかえると、外でタクシーを待っていた小綺麗なマダムをナンパしていた。平和だ。アベノミクスによる金融緩和の危うさよりも、おっさんの金○が緩和している危うさに、議論の焦点を合わすべきだと思った。平和だ。「じぇ!」。

2013年3月29日金曜日

一年

あなたがいなくなって一年が過ぎました。あれから色々あったよ。あなたが居た七年は間違いなく、あなたを軸にみんなが過ごしてました。俺より早く起きて、起こさないように気をつかってそ~っとトイレに行ったり、氷川きよしと市川雷蔵が大好きだったり、俺の事を博美ちゃんと呼んだり、みんなの事をお母ちゃん、お兄ちゃんと呼んだり、ジャンボ焼き鳥を縦笛のようにして食べたり、他の人と居るとヤキモチを焼いたり、毎年初詣に子供たちに御年玉あげたり、不思議なオリジナルソングを歌ったり、本気か冗談かわからない事を言って笑わせてくれたり、歩く時に膝が痛かったり、立てる手伝いをしているときに、食べ物と間違えて俺の耳を噛んだり、ナイトinきんきんで培った喉で、矢切の渡しを歌ってくれたり、お風呂でおげて動いてくれんかったり、散髪が嫌で、仰け反ったときにバリカンではげて、ボンドて髪の毛をひっつけて隠したり、他にももっと、色んな事。忘れられんよ。この一年ぽっかり穴が空いちまった。でも、今を精一杯生きていかんとね。色んな事をさせてくれて有り難う。一緒に居てくれて有り難う。生きて老いて、死ぬる事を教えてくれて有り難う。俺はまだこっちでがんばります。あなたがおらんことに少しずつ、向き合っていくことが出来そうです。じゃあ、またね。

2013年3月18日月曜日

さよならメリーさん

メリーさんが今日の12時頃、おばあちゃん家の玄関で天国へと。土曜日にクッキーを持っていって、メリーさんに、「お見舞い持ってきたよ。食べれそう?」と、クッキーを見せると、首をあげて尻尾を振ってくれたので、袋を開けて手にのせると、勢いよく食べてくれた。七年付き合って初めて僕からのものを食べてくれた。この春は大丈夫かもしれないと思っての今日。おばあちゃんを送った時にお嫁さんから聞いて、玄関先で横たわるメリーさんに手をあわせ、束の間の時間、メリーさんの思い出話をしながらお嫁さんと涙を流す。犬とはいえ、情が沸いた生きるものとの別れは辛い。